お題「ルンバール」
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近年「ルンバール」という言葉もすっかり市民権を得てきたように思う。
しかし、果たして万人が正しい用法、用例を守ることができているかと問われれば、やはり疑問が残る。
ネット上で散見されるように、軽々しく使用した例を挙げれば枚挙にいとまがない。
また同時に、言葉の意味がわからないために相手の意図が読めずに苦労を強いられた方もいるだろう。
ここではそんな少年少女達のために改めて言葉の意味を解説していこう。
まず、「ルンバール」という言葉を正しく理解する前段階として「瞑想」について語らねばなるまい。
瞑想とは広く知られているように心を無にすることである。
自らの奥底から泉のように溢れでてくる思考に集中し、その水流をとめること。
それが瞑想という技術である。
ただし、誤解しないでもらいたい。
心を無にするということは、心を無くすという意味ではない。
心自体は存在したまま、その中を空っぽにすること。
心という部屋の中を空っぽにし、静まり返った空間にすること。
それが心を無にするということだ。
その状態を釈迦は「空(くう)」と呼んだ。
空にまで達したとき、あなたは何を思うだろうか。
いや、思うことはできない。思考は停止している。
しかし空を感じることができなければ瞑想という行為の目的を達成することはできない。
自分の部屋から家具家電の一切を取り除き、空っぽにしたところであなたはまだ目的を達成していない。
自分の部屋が空っぽであることを知らなければならない。
空を作り出すまでの過程を「箕帚」とするならば、次は「観察」へと歩みを進めなければならないのだ。
もう一度部屋に通じる扉を開けてはいけない。そこには思考が潜む。
部屋の外から部屋の中を知る術は一つだ。
壁を透明にすること。
そして外から観察すること。
心から一歩離れ、空を俯瞰すること。その境地への歩みが瞑想の目的である。
もうお分かりだろう。
空を俯瞰するに至る境地。それがルンバールである。
天国ではない。桃源郷ではない。明鏡止水ではない。
ルンバールである。
これまで軽々しくルンバールを口にしていた紳士淑女たちよ。
悔い改めよ。
次回「ドードージンクス」
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